2007年12月16日

妊娠・出産物語(番外編)

妊娠・出産物語(番外編)の内容は、女性なら気になる方が多い、体重の事です。

私の場合、妊娠・出産による体重増加は10キロでした。
「妊娠しているのだから、2人分食べよ」は、昔の話で、
今は、必要以上に体重を増やさない事が妊娠中毒症の予防に
なるし、出産後に元の体重に戻しやすくなるのだから・・
と言われました。
赤ちゃんが、約3000gで、羊水等が約2000gとしたら、その合計は
約5kgで、残りは全部自分の脂肪なのです。

出産後、赤ちゃんがお腹から出て、お腹がすぐぺったんこになるような
感覚でいましたが、とんでもない!!
まだお腹の中にいるのではないかというくらいふくれています。
さすがに、臨月のお腹よりは小さくなっていますけれど、妊娠5〜6ヶ月
のお腹くらいだったような・・。

妊娠後、妊婦雑誌を読みふけっていた私は、妊娠後は、ガードル
ウエストニッパーをして、お腹を元に戻すべし!と学習していました。

一応、それを守った為か、育児疲れの為か、出産後1ヶ月で、元の体重に
限りなく近づきました。

しかし、伸びたお腹の皮は完全には戻りませんでしたが・・。涙
芸能人や、一般の方でも、出産後まったく以前と変わらぬお腹・体形
の方がいらっしゃいますよねぇ。すごいと思います。

前の職場で、一児のママだった子は、「出産後、骨盤が開いた」
と言って嘆いていました。「ガードルをしなかったからかなぁ」
と言っていましたが、どうなのでしょうね。

なんせ、ガードルとウエストニッパーは、した方がいいようですよ!!
ニックネーム mina at 17:15| Comment(2) | TrackBack(1) | 妊娠・出産物語

2007年10月28日

妊娠・出産物語11(終章)

隣のベッドに入院した女性の所に、
年配の女性が面会に来られました。
どうやら、お姑さんのようです。

次に、覚えている場面は、私が
赤ちゃんに授乳を終え、あやしていると、
部屋に隣のベッドの女性のお姑さんが
入って来られた場面です。
隣のベッドの女性は、検査か何かで
いらっしゃいませんでした。

隣のお姑さんが、私と赤ちゃんの所へ
話しかけてこられました。
私は、『よろしければ、赤ちゃんを抱っこ
していただけますか?』と尋ねました。
すると、お姑さんは、少し戸惑いながらも
抱っこしてくださいました。

隣の女性もお姑さんも赤ちゃんを
欲しがっているのをひしひしと感じました。

次に覚えている場面は、病室へ、看護師さん
が入って来られた場面です。
(なんせ、7年前の出来事ですので、
とぎれとぎれにしか、覚えていないのです。)

看護師さんは、私の横を通り過ぎながら、
その女性の検査結果に関するある話を
始めました。女性は、最初、無言でしたが、
消え入りそうな声で、
『あの、その話は、ここでは、、、』
そう言って、看護師さんを促し、
部屋を出てゆきました。

私は、その話の内容を理解できました。
女性は、不妊治療を受けているが、
今回の結果は、ダメだった、
そういう事でした。

そういう話を、他の人がいる前でする
看護師さんの配慮のなさに腹立たしさを
感じたのを、覚えています。
女性は、この後すぐに退院して行きました。

私の友達は、2人ほどお見舞いに
来てくれました。
Eちゃん、Tちゃん、あの時は、お見舞いありがとう!!

そして、退院の日。

退院直前に、会社の上司がお祝いを持って
来て下さいました。うれしかった−のですが、
この、数ヶ月後には、退職してしまったので・・
申し訳なかったですね・・

さあ、お昼前、いよいよ退院です。
先生にお礼を言ってから帰りますが、
まだ診察中の為、少し待機していました。

ほどなくして、看護師さんが来られて、
診察の合間に少し話をするのは良いとの事でした。
『先生へ挨拶する前に、トイレに行っておこう。』
そう思い、トイレへ行くと・・

なんと、大出血exclamation×2

床を少し汚してしまったので、キレイに拭き取り、
さて、どうしようと少し思案・・

大出血だったとはいえ、痛みは全くない。
出血は、すぐに止まった様子。

この二点が決め手で、先生には言わず、
このまま退院することにしました。

ベッドに逆戻りはなんとか避けたかった。

何事もなかったかのように先生に挨拶し、
赤ちゃんと共に、病院の外に出ました。

病院の前で赤ちゃんと屋外での初めての
記念撮影を済ませ、車の中へ。

真新しいチャイルドシートに赤ちゃんを乗せ、
病院を後にしました。

家族3人の新生活のスタートです。



***あとがき***
今回で、私の『妊娠・出産物語』は、終わりです。
娘は今年4月に、小学1年生になりました。
生まれた時、48cmだった身長は、今では
115cmになりました。
月日の経つのは早いものです。
『妊娠・出産物語』を書き綴る為に開設した
このブログ、次は番外編を書く予定が
ありますので、いつになるかわかりませんが、
気長に待っていてくださいね。

その後の予定は未定です。

『妊娠・出産物語』を、最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。
ニックネーム mina at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 妊娠・出産物語

2007年10月20日

妊娠・出産物語10

出産翌日以降は、出血もほとんどなく、
順調に回復してゆきました。

母乳を出すためのマッサージが、かなり痛いと
聞いていて少し怖かったのですが、この病院では、
機械を使用していて、全然痛くなく、拍子抜けしました。

すぐに歩けることは歩けますが、会陰切開しているため
超スローにしか歩けません。(歩幅を広くできません。)
出産4〜5日後に、退院の説明のため、数人の
おかあさんがひと部屋に集まるのですが、そこへ
向かう、ほとんどの方が超スロー歩きだったのが、
印象的でした。一人だけ、帝王切開で出産したという方
がおられて、自分以外、全員同じ超スロー歩きなので、
「私は、おなかは痛いけど・・へー、そんな歩き方に
なるんだ・・」と、妙に驚いていました。

この病院では、赤ちゃんは授乳の時以外は、ずっと
新生児室にいます。授乳の時間になると、部屋に、
「○○さん、赤ちゃんのお迎えおねがいします。」
と、放送が流れ、赤ちゃんを迎えに行きます。
そして、コロ付きのベッドごと、病室へ赤ちゃんを
連れてきて授乳するという訳です。

赤ちゃんの動きは、本当にかわいいですね。
出生日を0日として、0日から28日未満の赤ちゃんを
「新生児」というのですが、この時期の赤ちゃんの
様々な動きを「新生児反射」といいます。
私が特に印象に残っているのが、「モロー反射」です。
びくっとする感じの、愛らしい動きです。


出産2〜3日後に、同室に一人の若い女性が入院してきました。
臨月の妊婦さんではなく、洩れ聞こえる話によると、
妊娠の可能性があるが、まだはっきりしていない方のようでした。
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2007年10月16日

妊娠・出産物語9

どのくらい時間が経ったでしょうか。
看護師さんが来られて、ご主人が病室で待っているけれど、
時間がもう9時で消灯の時間なので・・といった内容の話をされました。

本来なら、出産から2時間後の4時半頃には病室に戻れている
はずだったのに・・

主人には、今日は一旦帰ってもらうように伝えてください、
とお願いすると、看護師さんはそれを伝えに行ってくださいました。
しばらくすると戻って来られて、私が病室に戻る許可が出たので、
ご主人と少し話せますよとの事でした。
今まで待っていてくれたのに、このまま帰すのは気の毒だといった
感じでした。

病室に戻り、主人と少し話をしました。「大変だった」事を
全部話せたかは覚えていませんが・・。お義父さんとお義母さんが
来てくださっていたようなのですが、結局会えずじまいで、
申し訳なかったと思いました。赤ちゃんとはご対面して、
とても喜んでくださっていたそうです。
後日、「△△(主人)は、生まれた時、髪の毛がほとんどなかった
けど、この赤ちゃんは、ふさふさで・・いい子を産んでくれた。」
といった事を言われた記憶があります。確かに髪の毛は、
ふさふさと生えていました。
(後日談・・後頭部は禿げませんでしたが、2、3ヶ月経って
髪の毛が伸びてくると、見事に爆発して(立って)いました。
そして、生後6ヶ月になると、さらに髪の毛が伸びて、重力に
逆らえず、落ち着いてくれました。)

その日の夜は、点滴を受けました。
そして、夜中に院長先生が様子を見に来てくださいました。
その時の院長先生の優しいお顔、今でもはっきりと思い出せます。
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2007年10月13日

妊娠・出産物語8

赤ちゃんが生まれて、お腹の上にへその緒がついたままの
赤ちゃんが乗せられました。

赤ちゃんの手を見ると、指が5本に、小さな爪もしっかりついています。
私の指と、赤ちゃんの手のひらで、しっかり握手しました。

生まれてきてくれて、ありがとう。本当にそんな気持ちになります。

赤ちゃんのへその緒は主人が切ったようです。

体重、3000gちょっとの、女の赤ちゃんです。

幸福感でいっぱいな瞬間でした。


お産の後、2時間そのまま様子をみて、どうもなければ病室に帰ります。

ストレッチャーに乗せられた私は、手術室に運ばれ、ここでしばらく様子をみてください、との事でした。

先に、もう一人出産を終えた方がいらっしゃいました。私の出産の直前、5分前に女の子を産んだ方でした。どちらからともなく話をはじめていました。その方の出産後すぐ、院長先生は、私の出産の方へ来てくださったので、その方の会陰縫合は、副院長先生がされたそうです。私は院長先生に処置していただいたので、少し申し訳ない気持ちがしました。

この部屋へ来て、何十分後だったか覚えていませんが、おなかが痛い、と思いました。正確に表現すると、『痛だるい』というのが、いちばん近い表現に思います。刃物で刺されたような鋭い痛みではなく、重く圧迫されるような痛みです。段々痛みが強くなってきたので、看護師さんを呼びました。すると、座薬を入れるという処置をしてくださいました。そのまましばらく経っても、一向に痛みは治まりません。その後、もう一度呼び、もう一度座薬を頼みました。多分、もう一度は入れてくれたと思いますが、少し曖昧です。それでも痛みが治まらず、私の息遣いは、激しく、うんうん唸らずにはいられなくなってきました。尋常ではない私の様子に、もう一人の妊婦さんが看護師さんを呼んでくださいましたが、もうこれ以上、座薬は入れられないので、先生を呼ぶという事になりました。そうこうする内、この部屋へ来て2時間が経ち、もう一人の妊婦さんは病室へ戻ってゆきました。

私は一人になり、痛みに耐えていましたが、先生はなかなかいらっしゃいません。一人なので、誰に遠慮することなく、大声で叫んだりもしていました。その時思ったのが、『この痛みが続くようなら、死んだ方がましだ。』という事です。出産の時を超える痛みをこの時、経験していたのです。先の言葉はドラマなどで何度も聞いたことがありますが、ついに自分が体験してしまいました。この時、『私が死んだら、赤ちゃんは、どうなる?』と思い、候補だった2つの赤ちゃんの名前を心の中で交互に、叫び続けていました。『○○ちゃん、おかあさん、がんばるからね。○○ちゃん、○○ちゃん、○○ちゃん・・』
先生が来られるまで、長い時間に思いましたが、実際は数分か、十数分だったのでしょうか・・。来て下さったのは、副院長先生でした。院長先生は、また別の方の出産に行かれているのでしょう。

副院長先生に診ていただくと、すぐに、大量の出血がありました。これには、副院長先生もびっくりされたようです。そして、その大量出血と共に、私の痛みは楽になったのです。痛だるさが、すーっとなくなりました。

後に聞いた私の痛みの原因は、出産時、産道のどこかが切れて出血を起こし、その血液がかたまって、お腹にたまっていたという事でした。『すーっと痛みがなくなった』というのは、血の塊に圧迫されて痛だるかったのが、その塊がこわれ、血が対外に出ることによって、圧迫から開放されかからのようでした。すぐに、切れた箇所を縫合する事になり、麻酔をかけることになりました。これまで、麻酔といえば、歯医者での注射くらいしか経験がなかったのですが、この時の麻酔は、口に吸入器を当てて、自分でそれを両手で持って、大きく息を吸ったり吐いたりするというものでした。意識はずっとあるのですが、身体の感覚が麻痺しているのを感じました。(手は、麻痺していませんでした。ずっと吸入器を手で押さえていましたから。)縫合しているのもわかるのですが、痛くはなく、しびれた患部を何か処置しているといった感覚でした。

緊急手術が終わり、麻酔がきれるまで、またしばらくそこでじっとしている事になりました。今度は、先ほどまでのような『死んだ方がまし』と思うような痛みがないので、身体だけではなく精神的にも楽でした。
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2007年10月11日

妊娠・出産物語7

分娩室へ入ったのが午後3時過ぎで、赤ちゃん誕生は午後3時半過ぎなので、分娩室に入ってから、30分くらいで赤ちゃんが誕生したことになります。

同室の妊婦さんに、「分娩室へ行ってからが早かったねー。」と、後で言われました。

先生に「いきんで」と言われて、最初にいきむ時、顔に力を入れてはいけないと、さんざんおさらいしていたのに、本番では、顔に力が入ってしまったようです。先生には、「顔に力を入れないように」と注意されました。主人は、みるみるうちに紫色に変わった私の顔色にびっくりしたと言っていました。
顔に力を入れると、血管がきれる妊婦さんもいると知っていたのに、本番ではうまくいきませんでした。知識だけではなく、イメージトレーニングをもっとすれば良かったかなーと、思いました。。。

これから、お産に臨まれるかた・・くれぐれも、顔に力を入れないよう、気をつけてくださいませ。

会陰切開、後産の方が痛かったという方もいるようですが、私は、そんな事はありませんでした。お産の方が、痛かった・・。しかし・・この後、お産より痛い目にあうことになるとは、、、この時は思いもしませんでした・・・・
ニックネーム mina at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 妊娠・出産物語

2007年10月08日

妊娠・出産物語6

病室に戻り、相変わらず陣痛の波が来ると、「ひっひっふー」のラマーズ法、主人に腰をさすってもらうという事を繰り返していました。

お昼ご飯は、確か主人に食べてもらったような気がします。(記憶が曖昧。)

午後からも相変わらずでしたが、気づくと、腰をさすってくれている主人の手が止まりがちに・・そして、私の肩のあたりに頭が当たっています。

私が朝早くに起こしたのが原因か、こっくりこっくりと睡魔に襲われているようでした。私が、「もう、いいよ。休んでて」と言うと、確か「車で寝てくる」という話になったと思います。

その様子を見ていた、今日入院してきた隣のベッド妊婦さんが話しかけてきました。
「優しいご主人だね。うち、2人目なんだけど、1人目の時も主人はいなくて、一人で産んだよ。まぁ、私はその方がいいんだけどね。立会いするの?」

私「その予定ですけれど・・。」

隣の妊婦さん「ふぅん・・。私はいやだから、しないけどね。がんばってね。」

そんなやり取りの後しばらくして、その妊婦さんは個室が空いたという事で、そちらに移って行かれました。

私も昨日、この4人部屋に一旦入った後、「個室にされますか?」と聞かれましたが、金銭的余裕もない為、このまま4人部屋で・・と、お願いしていました。

午後2時頃になると、さすがに私も疲労が激しくなってきて、

「いつになったら生まれるんだろう?いったい、いつまでこの痛みが続くんだろう?」

と、なんだか情けない、悲観的な気持ちになっていました。

それでも、陣痛の波はやってきます。主人が戻ってきたので、また腰をさすってもらっていました。

そして、3時頃・・急に、自分の意思とは関係ない「いきみ」を感じました。一瞬、ここで勝手に生まれてしまうのか?と思ってしまったほどです。あわてて、ナースコールのボタンを押しました。「どうしました?」の言葉に、「あの・・勝手にいきんでしまうんですけど・・。」
しばらくして、看護師さんが来て子宮口の開き具合を見てくださると、ほぼ全開らしく、分娩室へ移動という事になりました。

看護師さん「歩けますか?」

私「今、ちょっと無理です・・」

よっぽどでない限り、分娩室へは歩いて行くのが通常です。
私は、そのままじっとして、陣痛の波が去るのを待ちました。
陣痛の波が去ったのを感じ、座ってみると、なんともありません。(これが、本当に不思議です。)今の内に・・と、急いで分娩室へ歩いて行きました。

この時、主人が立会いしたい事を伝えると、その予定は聞いていないと言われたようでした。きっと、私が言うのを忘れていたのだと思います。しかし、立会いはOKがでて、主人が手術着を着て、マスク、帽子を着用しているのが見えました。

分娩台へなんとか座りましたが、先生はいらっしゃいませんでした。
ちょうどその時出産中の他の妊婦さんがいらっしゃり、先生はそちらに行っておられたのでした。

幸い、先ほどのような強い「いきみ」がなく、普通の陣痛の状態でしたので、ラマーズ法で痛みを逃しながら、先生を待ちました。

やがて、先生が来てくださり、いよいよ出産が始まりました。
ニックネーム mina at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 妊娠・出産物語

2007年10月06日

妊娠・出産物語5

予定日の1週間前ですから、入院の為の荷物は既に用意していました。

早速主人に電話して、荷物を持ってきてもらうよう話しました。
車は病院の駐車場にありますので、タクシーで持ってきてくれました。

病室は、4人部屋しか空いていなかったので、とりあえずここに居て下さいと言われました。

その後、手術室のベッドに横になり、お腹にいろいろ検査器具をつけられ・・

看護師さんが、一言「陣痛が始まってますね。」

え?

陣痛が始まっているって・・ぜんっぜん気づかなかった・・

静かに寝ていると、確かに一定の周期で、少しお腹がキューって感じでしたが、言われなければ気づかないくらいで、まだ全然痛くありませんでした。

入院に必要な検査が一通り終わり、病室へ行ったはずですが、その辺の記憶が残っていません。

夜になり、段々陣痛が強くなってきました。陣痛は波があり、痛くなくなると、けろっとするのが不思議です。波がきて痛くなると、主人に腰をさすってもらっていました。今日はもう生まれそうにないので、面会時間終了とともに、主人は一旦家へ帰ることになりました。

その夜は、一晩中、眠ることができず、壁にもたれて座り、「ひっひっふー」のラマーズ法で、痛みを逃していました。4人部屋なので、あまり大きな声を出すわけにいかず、なるべく静かに痛みに耐えていました。

確か、夜中に一度看護師さんが様子を見にきてくださったと思いますが、まだ子宮口はそんなに開いていないとの診断でした。

一夜明けて、朝5時頃、耐えられなくなり、主人に電話しました。その日は幸い土曜日で、主人の会社は休みでした。「すごく痛い。なるべく早く来て!」・・まぁ、泣き言のような感じなので、主人は病院が開く9時頃に行くからという事で、話は終わりました。

長い一夜でした。

病院が開いてすぐ、主人は来てくれました。早速、腰さすりの依頼です。これが、かなり痛み軽減に貢献してくれたと私は思っています。

午前中、1回診察があるので外来の方へ行きました。もう一人、陣痛中の妊婦さんがいましたが、その方は相当酷く痛む陣痛らしく、叫びっぱなしで、一人で歩けず、ご主人、お母様と思われる方たちに支えられながら病室へ戻って行かれました。私も波が来た時は相当痛いけど、ましな方なのかな・・と思いました。外来患者さんたちがいる中、主人に腰をさすってもらいながら「ひっひっふー」は今思えば恥ずかしい気もしますが、その時は必死でした。

診察の結果は、まだ子宮口は、4cmしか開いておらず・・出産は午後からになるでしょう、との事でした・・

一晩中眠れなかったのに、まだまだ・・?なんて、お産は、本当に大変です・・・・・・
ニックネーム mina at 19:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 妊娠・出産物語

2007年10月05日

妊娠・出産物語4

臨月近くなると、人それぞれ、身体にいろいろ大変な症状が出てくると思いますが、私の場合、足の付け根が痛くて、痛くてしょうがなくて、歩くのも一苦労でした。

夜寝る時は、もちろん仰向けは無理で横向きに寝るのですが、寝返りがまた一苦労といった感じでした。

体重は、10キロ増でした。目標は10キロ以内だったので、ギリギリ目標達成といったところです。

定期検診は、臨月に入ると、1週間に1度になります。

妊娠初期〜は、1ヶ月に1度、6or7ヶ月からは、1ヶ月に2度でした。

予定日の10日前、定期検診に行くと異常なしで順調との事でした。初産は遅れる事が多いと聞いたり本で読んだりしていたので、私も遅れるのかなーと、漠然と思っていました。


私は、大きなお腹をかかえて、スーパーで買い物をしていました。

妊娠39週目で、予定日まであと1週間です。

3日前の定期検診では、赤ちゃんは順調とのこと。

でも、その日、朝からちょっと気になる事がありました。

気になるけれど、3日前に検診に行ったばかりだし、どうしよう・・と、考えていました。

時間は、午後5時半頃で、その日は土曜日でした。翌日は日曜日で、もちろん私が通う産婦人科は休みです。考えた結果、(やはり、気になる事がある以上、今日行かなくては・・)そう思い私は、産婦人科へ車を走らせました。


私は先生へ、「おりものが多いだけかもしれないけれど・・」と、定期検診から3日後に病院へ来た理由を説明しました。
「3日前は、なんともなかったけど・・」と、先生が診察すると・・

「うわ。・・破水してます。」・・そう、言われました。

「うわ。」っていうのは、先生が診察すると、羊水がたくさん流れ出した為です。

私は、『やっぱり・・』と思いました。その可能性があると思ったので、病院に来たのです。破水後は、入浴を控えなくてはなりません。赤ちゃんが浮かんでいる羊水に、細菌が入ると大変ですから。今夜、入浴をする時の事が頭に浮かび、『もしかして破水?』と思いながら入るのがためらわれました。それで、確信のないまま病院へ来たのですが・・正解でした。


そして・・『今日、これから入院』を言い渡されました。
ニックネーム mina at 05:47| Comment(3) | TrackBack(0) | 妊娠・出産物語

妊娠・出産物語3

上司に妊娠の報告すると、もう一人、妊娠の報告があったと聞かされました。1年ほど前、職場結婚をして、その後も仕事を続けていたN恵さんでした。後で話を聞くと、私より予定日が1ヶ月ほど早いようでした。

妊娠5ヶ月〜6ヶ月になってくると、お腹が目立ってきます。
N恵さんは、紺のジャンパースカートで出勤するようになりました。

それから1ヶ月後には、私もそろそろお腹を締め付けない服にしなくてはならなくなりました。制服から、お腹を締め付けないワンピースタイプの服に変えたので、私の妊娠を知らなかった人達にも、知れ渡ったようでした。

7ヶ月目くらいに、N恵さんの赤ちゃんが女の子だとわかったと噂で聞きました。
『男の子と女の子とどっちが欲しい?』
よく聞かれることです。
『どちらでもいい。』そう答えていましたが、N恵さんの赤ちゃんが女の子だと聞いた時、とてもうらやましい、と思いました。

本音は、女の子が欲しいのです。
私は、一人っ子で兄弟がいませんし、私自身が女です。男の子のことはよくわかりません。もし、自分が産めば、そんな事は言っておれず、手探りで一緒に成長して行けると思いますので、男の子がいやだという訳ではありません。
でも、本音の部分で、女の子を欲しがっていたのです。

6ヶ月か7ヶ月の定期検診の時、思い切って院長先生に性別を聞いてみました。

すると、教えられるのは、7ヶ月後半以降だと言われました。

あまり早いと、間違う可能性があるからとか、そういう理由だったと思います。


7ヶ月後半の検診の日。検診が終わりかけた頃、院長先生へ尋ねました。

『あの・・性別がわかれば、教えていただけますか?』

先生は、エコーの画面をしばらく見つめられ・・

「女の子」

と、一言仰いました。

『え・・・・』

私には、はっきりとその言葉が聞こえていましたが、
院長先生は、聞こえなかったと思ったのか、もう一度仰いました。

「女の子です。」

そして、その根拠をエコー画面で説明してくださいました。


これで、名前も考えられるし、ベビー用品も揃えやすくなりました。
もし、この時「男の子です」と言われたとしても、同じです。

どちらであろうと、無事生まれてきてくれること・・それが、一番の願いなのです。
ニックネーム mina at 05:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 妊娠・出産物語